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2009年の十大時差関連ニュース
――What’s the purpose of your visit?――
携わっている仕事を完全に遂行するためにはどうしても現地に行きたい。
上司に、少しばかりの長期出張となるが行かせて欲しいと申し出ると、なんとか承諾を得られて旅立つこととなった。
出来るだけ条件が良いプランが望ましいので、評判の良い旅行会社へ。
するとこのプランは大人気で希望者が多いために、抽選となっていて、当選が知らされたときは、思わずガッツポーズを掲げて喜んだ。
説明会には、同じように仕事で命を受けた者、かつてこの国に訪れたことがあり、やり残したことをリベンジしにいく者、初心者、世界遺産をこの目に! だとか、婚活や里帰り目的等々、それぞれに理由を持って参加する人々でごった返しており、中には留学を希望する者もいたりして。
まずは、旅行計画を立てるようにアドバイスを受け、訪れたい場所に合わせあちらでお世話になるホストファミリーを決めたり、個々に入る学校や体験してみたいコースを考える。
私のホストファミリーは、状況と気持ちを理解して受け入れ態勢を整えてくれた。
かなりのチャレンジャーは、あちこちを旅してみたいと滞在するホテルも未定にし、ヒッチハイクで果敢に挑むらしい。
目的は様々であったが、誰もが高揚した気持ちを抑えきれず、キラキラと瞳を輝かせていた。
その旅行計画書を提出し、パスポートを手にして、いざ出国の時。
見送りに来てくれた家族や知り合いは、ほんの少しの心配と涙を見せて、「楽しんで来なさい」と背中を押してくれた。
飛行機に乗る間、旅慣れた者は動揺もせず既に眠りに入る体制を取り、初心者は高まるテンションがとうとうMAXに到達し興奮。
そしてごく稀に、やっぱり行くのを止めたいとキャビンアテンダントを相手に泣きつく姿もあったりして、とにもかくにもそれぞれの想いを抱いて飛行機は飛び立った。
入国審査をするときに、旅の目的を伝えると、やはり「楽しんで!」とにっこり微笑まれ、念願だった憧れの地へ降り立つ。
着慣れない服は重く、自分が別人になったかのような変身ぶりに戸惑ったが、それすら気分をワクワクさせた。
そうして、各々が、自分のビジョンを実現するためにスタートを切る。
まさにアメリカンドリームのようだ。
しばらく滞在しているうちに、言語が通じないことが苦痛になってきた。
それを面白いと、意思の疎通ができないことをもどかしく思わない強者は勉学に励み、持ち前の積極性で乗り切った。
次第に、想像していたものとのギャップに泣く泣く旅を切り上げたという話もチラホラ耳に入り出す。
サムライが未だ闊歩すると期待して来日、しかしどこにも見当たらないように。
最先端のニューヨークにたまげて渡米、ところが都会のそれに馴染めないように。
自給自足がしたくて来たはずが、猛烈な田舎っぷりに不自由を感じたりしたようだ。
それでも、ホストファミリーを変えてもらったり、夢を叶えると勇んで別の国へのビザを取得することで、改善を試みていた。
これまで自分が当たり前としてきた常識は、当たり前だか文化の違いがあるので通用しない。
自分で行動しなければ、助けてもらうこともできない。
1年2年と月日が経つにつれ、ようやく現地に馴染み出すと、母国を忘れ始めた。
最後まで忘れられずにホームシックにかかり恋しがる者は、もちろん帰国の途へ着くが、それでも良い経験になったと後日談。
しかし、なんとも生きづらい。
下手な言語もなんとか様になりだし、おぼつかないながらも懸命に取ったコミュニケーションの賜物で新たな友達が出来たりしながらも、常に必死だった。
慣れない水にお腹を壊し、微妙なニュアンスが伝わらず誤解を生んでトラブル発生。目まぐるしく過ぎ行く日々に、正直最初の記憶と滞在目的は頭からしっかり飛んで覚えていません、という人が多発する。
長い時間を過ごし順応してきはしたが、違和感を手放せないまま自分の不器用さと能力のなさが浮き彫りになり、情けなく泣いた。
私は、なすべきことが残っている、という本来の役目をも見失っているピンチであった。
山あり谷あり、紐なしバンジーなのに何故か奇跡的に助かりながら息も絶え絶え生きていたとき、一枚の紙を見つける。
それは、「わたしはだれ? ここはどこ?」状態に陥っていた自分を救済するものだった。
そこには、すっかり忘れていた当初の旅の計画が記され、“何か不安な点がありましたら、いつでもご連絡ください。24時間365日ご対応しております”と、“天上員”への電話番号が。
何でもっと早くに気づかなかったんだ!
掻き毟ったその頭の脳裏に甦る、天上員さんの説明。
「皆さまにこの機会を心ゆくまで御堪能いただくために、私たちは呼ばれるまではご案内いたしません。ですが、移動されましても必ず同行し、安全を考慮してどんなときもお望みにそえるよう対応いたしますのでご安心ください」
……茫然としつつも、徐々に途方に暮れたアウェー感の意味を思い出した。
これは、自分が望んで来た旅であったこと。
よくよく見ると、滞在先や編入する学校など、大まかにプランを立ててはいたが、終始自由行動である。
旅行者の意思が尊重されたこのコースは、どこまでも自由なのだ。
そして重要な真実にたどり着く。
言語が通じなくて当然じゃないかと。
世界を広げたくて来たのではなかったのか自分と。
行ってみたかった場所は道のりが険しいですよと教えられながら、構いませんと単身乗り込んだことも。
記憶のベールが取りのぞかれていくと、雷に打たれたようにはっとした。
言葉が通じなくても、親切にしてくれた人たち。
お腹を壊すなら、水を煮沸すれば良いと知恵を絞って対応することで培った応用力。
初めて見た景色に感動して流した涙。
また逢いたいと願った人の笑顔に喜んだ。
お箸は使いづらく、左ハンドルが右に
って恐ろしい思いをした運転、アヒルばかりの通知表。
だが、今やお箸で豆が掴めるし、テーブルマナーもお手の物。
国際運転免許証も取得してあちこち行動範囲が広まったし、ついでにいつまで経っても赤点だったのは、まだ語学も身につかない幼児のうちから大学に入ったような冒険をしていたからだ。
そりゃ進歩するのに時間がかかる、と笑った。
笑えた自分にびっくりした。
そのうっかりが功を奏したか、何十倍も努力して今や博士号まで行こうとしているわけだ。
青春を謳歌せず、落第したと思い込み能無し呼ばわりしていた日々。
落ち込みすぎてストレス太り、時差ボケのせいにはできない睡眠不足に毎夜濡らした枕。
隣の芝生は青いどころか、自分は荒野で独りぼっちと七転八倒し続けた。
そんな自分に謝罪。
更に引き受けてくれと頼んだ覚えはないと、ホストファミリーに暴言まで吐いている始末。
この、目の前にある、同意書を前に冷や汗が止まらない。
押印の代わりに横たわる”自己責任”という文字の主張がなんとも痛い。
そして、計画は自分で立てたのだから、現状誰のせいでもなかったことに驚愕。
自分は、この旅行の“被害者”でなど決してないのだ。
全てのあるべくして存在する環境と縁にひたすら感謝した。
これからは、思い通りに生きよう、と思う。
羽根の生えた天上員さんはいつも傍でサポートしていてくれるし、目的もうっすら取り戻した。
何より、もう独りじゃないとわかったのだから怖くなんてない。
滞在中は母国への執着と、諸々の決まりを忘れてチャレンジするのが醍醐味。
記憶がぼんやりするのはそのためであるとのこと。
時折聞こえてきた(あなたはそれで良い)という天の声は空耳ではなく、映画のようにリアルでおかしな夢は里帰りだったらしい。
確か、同じ光を通って来た仲間がいて、思わぬ同窓会で再会してほっとすることもあるが、また会えるのだからセンチな気持ちは吹き飛ばして互いに健闘を祈る。
「不安になることがあっても良いじゃないか! 上手くいくのはわかっているんだから」と。
帰ったら出さねばならない報告書のためにも、ここにいられる間は張り切って、貴重な体験を積み重ねたい。
提出してきた旅行計画書は、”わたしの地球プラン”と銘打たれた、別名、魂のブループリントという。
おおよそなので、変更も可能である。
見送りのとき家族や友達が、入国時にスタッフがかけてくれた言葉を胸に……楽しむために来たのだから。
さあ、まだまだこれからだ。
眠った力も使わなければ勿体ないし、やり残した仕事についても悔いのないように全力を尽くすのだ。
そうそう、山ほど隠された宝物の発掘も忘れずに!
私は私の人生を、”今ここを生きる”と、宣言したこの時から――。
……What’s the purpose of your visit?