錯乱の最安値情報探しに挑戦
楡のマンションの前で出会う岬と日帆。
「……岬?何…してるの?」
飯島兄から日帆と楡に連絡がといれないと電話がきたことを伝える岬。
「落として壊しちゃったの…」呆然と答える日帆。
「え、あ、そうなんだ?…楡も?」
「しらない、出たくないんじゃない」そっけなく言い、岬の側を通り過ぎる。
「出たくても出れなかったんじゃない、しらない」
ただならぬ日帆の様子に慌てる岬。
「日帆?」
「しらない…わからない。私にはわからない…」
「…ちょ、待って…日帆!」
慌ててその後を追いかけ、手をつかむ。
力なく振り向いた日帆の表情はただ空虚だった。
(私の顔になんて書いてある?)
いつかの言葉がよみがえり、目をまるくして日帆の顔を見つめる。
「…楡、今一人でいるよ。行ったら?」
「そんなこと…書いてないけど、顔に」
見つめ合い、ふっと笑いあう二人。少し正気にもどったように笑って、
「ちょっとケンカしちゃって。バイバイ、おやすみ」
岬の手をそっとほどき、笑顔で去っていく。
「あ…?」
取り残され、わけもわからず日帆の後ろ姿を見送る。
「……」
楡の部屋を見上げながら思う。
(行けるわけないし)
(行くわけないし)
その時ブーッと岬の携帯が鳴る。楡からだった。
「……」表示を見て一瞬戸惑うが、意を決して出る。
「も、しも、し…」
『どうした』
「こっちの台詞だっつーの!」
楡の声に胸が騒ぐのを振り払うように、わざとふざけた調子で話す。
『あ?』
「いーじま兄が!日帆とも楡とも連絡つかないって言ってきて」
『あー、すまんあいつスマホぶっこわれて』
「うん、今きーた」
『え?』
「今さっき本人…に…」
『…』
ここにきていることがバレてしまうと少し慌てる。
『おまえ今どこにいる』
「えー駅!に向かってるところ」
『ふうん…』
わざと何でもないように話す岬。
「ケンカしたんだって?日帆ヘンだったよ!」
『…ああ』
「ちゃっちゃと仲直りしちゃいなよ」
『うっせ、お前に関係ねー』
「そーーですか!ケンカしたからって女一人で帰すなよー」
『ああ…そうだな』
「つきあい長いからって雑になってんじゃないの~~」
『うっせーわ』
「んははっ」
『おまえは?』
「ん?」
『駅着いたか』
「あ、うん、もーすぐ」
『そっか、気を付けて帰れよ』
「うん、おやすみ!」
『おやすみ』
(今日は疲れたなー…)
ほっと肩を落とし帰るその後ろ姿を、ベランダから楡が見ているのを岬は気づかない。
小さくなる後ろ姿に楡はそっとつぶやく。
「おやすみ…」
(レバサンが待ってる。ひとりで待ってる)
岬が見えなくなると、楡はもう一つの着信履歴の飯島兄にメッセージを送る。
ベッドでいびきをかき寝ていた飯島兄だが、着信音でガバっと起き上がり、そのメッセージを見て
「ああン?!」と大きな声を上げる。
翌朝。普段通り大学にいく用意をしている日帆。会話を交わしながらいつもと様子が違う事をおばさんは気づかずに送り出す。
家を出てしばらくすると、日帆は歩くのをやめ、下を向いて立ち止まる。
道を歩いている飯島兄の携帯に岬から電話がかかってくる。
『あ、もしもし?深山ですけどォ、すんませーん昨日ちょっと疲れちゃって帰ったら爆睡で、おにーさんのこと忘れ…うっかりしちゃいまして。日帆はスマホが壊れたみたいで』
「ああ、もういい、知ってる」
『あ、そっすか』
「あんたは今何やってんだ」
『え?私ですか?普通に…仕事中ですけど。おひる食べてますけど』
「俺ァ今日あいつんとこに行くんだけども」
『はい、あいつとは』
「とはじゃねー、あいつの本音知りたくね?」
『………どういう、ことでしょう』
ふっと馬鹿にしたように笑う飯島兄。
「ぬるいな、おまえら」
ブツっと電話が切られる。
「…は?」
呆気に取られて携帯を見つめる岬。
(なんだ?なんなんだ??)
そのころ、飯島弟は、猫の後輩の野良猫保護のボランティア活動に駆り出され、炎天下の街中を猫を探してうろついていた。
「あのさー…俺そんなヒマじゃないんだよね~」
だるそうにぼやく飯島弟にはかまわず、忙しく探し回る猫後輩。
「ボランティアは暇な人がやるわけじゃないですよ」
しかしこの炎天下、猫の姿は見当たらない。
「もうちょっと涼しく…薄暗くなってからのほうが良かったかもです…」
「だよな」
歩き回っているうち、飯島弟は見覚えのある景色に気付く。
「ここら辺きた事ある…昔、友達が住んでた」
そこは、楡のフラットハウスのある辺りだったのだ。
そしてその道の向こうから、見覚えのある女が歩いてくるのを見つける。日帆だった。
立ち止まり見ていると、日帆がそのフラットハウスのガラス戸を石で割り、中に入っていくのを目撃する。
「ドロ」
驚いて声を上げそうになる猫後輩の口を慌ててふさぎ、
「大丈夫、あれ知り合い」
「はんざいですうぅ~」
その夜。楡の店。
「でめえ、なんじゃこれぁ!」
“これからも日帆の支えになってやってください。飯島兄弟には敵はいません。僕らは終わります”
カウンター越しに楡からのメッセージのスマホ画面を突き付けながら問い詰める飯島兄。
「-ー言葉通りですけど」
「表出ろや!」と吠えて暴れる飯島兄。「ケーサツ呼ぶ?」という同僚に「いーです」と返す楡。
店の外で話す二人。
「ほんで?ちょっとくらいは妬こうやとは言ったけどもほんとにアレで別れるとかお前バカか?何がどーしてこーなった?あ?」
楡は下を向いて答えない。
「高校んときに!お前俺になんつった?」
『絶対日帆に手ぇ出すな、キモイわ』
『じゃミヤマちゃんなら?』
『殺す』
「何が殺す、俺が殺してやるわ、ああ?!このヘタレが!!」
激怒して詰め寄るその顔を無表情で見返す楡。
「そんなに好きですか」
そうゆう話じゃねえんだよっ!」
楡の胸倉をつかむが、楡は無言でその手を払う。
「飯島さん」
伏し目がちにぽつぽつと自分の気持ちを話し始める。
「俺ね、いつも頭ん中に、一家心中したあんたの友達の家族がいるよ」
それを驚いて聞いている飯島兄。
「他のいろんな恨みの声とか顔が、いつも、いるんだよ」
自分の頭を指さして言う。
「…欠けた……傷のある…あいつは俺と合うと思った…」
日帆の笑顔を顔を思い浮かべる楡。
「でもね…でもね飯島さん。二人でいると、欠けたところが二倍になるだけなんだよ。ほんとに…ほんとは気づいてたんだ。早くから気付いてたんだ。でもそれでいいんだと思った」
日帆と、日帆のおじさんやおばさんの笑顔。
「日帆が幸せだと思ってくれるなら、俺でも役に立ってるならそれでいいんだ、正しい道を選んだんだ、みんな笑っていられるんだ」
楡は肩を落とす。
「―――驕りだ…」
飯島兄は何も言わない。
「…飯島さん。俺たちの欠けた部分を、あんたが埋めてたんだ」
飯島は顔をしかめ苛ついたように頭を掻く。
「しらねえよ…俺にはただのヒマつぶしだ」
「長いヒマつぶしですね」
「廣瀬ぇ!」
痛いところを突かれ飯島兄が反撃する。
「じゃあお前にとって深山岬はなんだ、どう見えてるんだ」
その時、楡の携帯に日帆のおばさんから電話が入る。日帆が帰らず連絡もつかないと。
真っ暗なフラットハウス。
スマホの明かりを照らして、部屋の中で床に座り込んで寝ている日帆を見つける飯島弟。
日帆の傍らにはビールの空き缶。
「まさかと思ったけど…まだいたんだ」
「…飯島くん?」
ぼんやりと答える日帆。
「何してるの…?」
「いやこっちのセリフだから」
「…なんでここに」
「入ってくとこ見ちゃって、ぐーぜん。」
「ふうん…」
「大丈夫?」
「うん、ゆっくり…死ぬとこ」ぼんやりと目を閉じ寝そべりながら言う。
その言葉にムカっとする飯島弟。
「冗談でもそーいうこと言うなよ。なんか…どーしたらいーかわからん!苦手だわ~~こーゆーの」
「どう…もしてほしくないからいいです…」
「…昔一緒にバイトしてたじゃん?そん時にさ、俺深山に言ったことある「あの人苦手」って」
「…」
ハハッと笑うが、微妙な空気になる二人。
「したら深山も『苦手だった』って」
「しってる」
「でもいい子で、まっすぐで、嘘がない、誰よりも信じられるって。…大丈夫?何があった?」
「…真っすぐ…凛として立っている花のようだって…言ってくれたのに…私はもう立ってられない。楡がいないと立っていられない。私ペラペラの紙人形みたい。飛ばされてくずおれて、母のように独りで死ぬの」
「…ふうん、きれいだね」
「…」
「あ、ごめん、なんか想像したらきれいだったから。…でもそんなきれいなの人間っぽくないね、立ってられなかったらどっかしがみついてこらえよーよ!…えーと…たぶん今は『廣瀬以外』?」
気のない様子で下を向いたまま何も言わない日帆。
「……ぶっちゃけいうと…俺はね、井田さん。あなたがうちの兄を頼りにしてるのを知ってショックでした。誰かに寄りかからないと生きていけないなら、それがもし廣瀬じゃなくても良かったんなら、深山…深山と俺はこんな思いをしなくても済んだんじゃないのか?どうなんだ?」
幾分厳しい口調で言うのを、目を丸くして聞いている日帆。
「---…ってそんな仮の話を言っても意味がないのは知ってる。あなたの気持ちが廣瀬にしかなかったのも知ってる。それが少しも悪い事なんてないってことも、ちゃんとわかる。だって好きなもんはしょーがねーよな?だって俺今すげーいいこと言ってるっぽいけど、だからって俺の事好きんなったりしねーだろ?」
即座にコクリとうなずく日帆にちょっと悲しくなる飯島弟「な?そういうもんなんだ」
「…楡は…さいしょから私の事…好きじゃあ…なかった…」
「いやー!それは知らん!俺はあの男のことはわかんねーや一生。きっと相性が悪いんだろーな」
「私はわかるよ」
急に強い口調になっていう。
「私たちは…わかってるよ。私が居なくなって…そしたら楡は絶対、ここに来る。迷わず私を探しに来てくれる」
そのとき、背後でドアの開く音がする。
「あ~~あ…」
額に汗をかいた楡が部屋に入ってくる。
「王子様登場ですよ…」
「…いーじま?」
げんなりした顔で、無言で楡の側を通り過ぎる。
その時、外でニャーと猫の声がした。
「…お、俺はボランティア…」がっくりと肩をおとし「ヒマじゃねえんだけど…」
外に出ると、岬と飯島兄も来ていた。
「いーじま」
「何してんのお前?」
「ボ…ボランティア…」
中では楡が日帆と話している。
「帰ろう…おばさんが心配してる」
「ここにいると思ったでしょ?」満足そうに笑顔の日帆。
「私が一番欲しいものすぐわかったでしょ?」
その笑顔が歪む。
「私はあの時の二人みたいには、なれない、絶対。だったらなくなっちゃえばいい」
どこに隠し持っていたのか、ボッとライターの火をつける。
「燃やしちゃえばいい」
しばらくそのまま見つめ合う。
「いいよ…俺がやったことにする…」
楡は日帆を抱きしめる。
「日帆、ごめん。悪いのは全部俺だから。ごめん、日帆。ごめん…」
その様子を後ろで動けずに見ている岬。
困ったような呆れたような顔で見ている飯島兄。
飯島兄は日帆に近づき、その手からライターを取り上げる。
「バカめ」
岬の目から一筋の涙が流れる。
楡に抱きしめられたまま、憑き物が落ちたような魂の抜けたような目で日帆がつぶやく。
「に…れ…」
その目に浮かぶのは、幼稚園のころの日帆と楡の姿。
『見えた?』
『見えた!』
『だれのかお?』
『にれくんのかお!』
その残像が、目の前で消える。
色々な意味で涙腺崩壊でした…。
ずっと謎だった楡のせつない本心に涙、、そんなにまで岬の事が好きだったなんて…。
それをついに聞けた岬の気持ちを思うと…。
別れを前にして錯乱しているとはいえ、死ぬとか燃やすとか、周囲に心配させることをなんとも思っていない日帆の狡さは本気でムカついたけど、幼いころからすがってきた想いを断ち切られる辛さも痛いほどわか
、心揺さぶられる回でした。
そしてやはりこの強い陰のパワーを「バカが」と一蹴できる飯島兄の陽のパワーはすごい。
ぐちゃぐちゃに絡まり膠着していた関係を見事に断ち切ってくれました。
飯島弟も、ほんとに今回は何の得にもならない完全にボランティアな役回りご苦労様です。本当にこの人には幸せになってほしい。
ようやく楡の気持ちがわかった岬はこれからどうするんだろう。楡は素直に岬と向き合えるのかな…?
これからようやくフラットハウスでわちゃわちゃやっていた頃、あの続きの二人にもどれるのだろうか…。
錯乱の通販限定品に注目、いろとりどりの商品が沢山入荷してます。
こんにちは。




